趣味ともいえる 彼を想うこと

阿久津 仁愛くんを追いかけるという趣味です

生きていたら、推しがスタオベで拍手喝采をもらう景色を見られるのだ

 

最後、テンペルタットルが背中合わせで望遠鏡を覗き込む姿を星座にしたい!!!!!!!!!

 

すみません。取り乱してしまいました。

令和の世に優しく降り注いだ星明かり…こと、音楽劇「プラネタリウムのふたご」がついに大千秋楽を迎えました。制作が発表された2020年の1月13日から、およそ1年の歳月を経て2021年2月6日に初演を迎えた「プラふた」・・・同年2月23日に大千秋楽を迎え、拍手喝采の元幕を下ろしました。

 

www.planetarium-twins2020.com

 

23日の大千秋楽では、なんとスタンディングオベーションが起こりました!!!!

本当に素晴らしかったからわかる~!!私も気づいたら立ち上がって泣きながら手を叩いてました。恍惚とした表情で客席を見渡す仁愛くんが、溢れんばかりの拍手喝采を受けている姿を見て、(生きてたらこんなにいい景色が見られるんだ……)と感動しました。こんなに推し活冥利に尽きるものってないよなあ~。

 

星の王子さま」とか「ムーミン」のような、メルヘンな中に人間の人間らしい部分がしっかりとあって、でも優しい気持ちを思い出させてくれるような作品が大好きなのですが、「プラネタリウムのふたご」は、まさにそんな作品でした。仁愛くんとW主演でふたごの相方を演じた永田崇人さんが「人間である喜びのようなものを見つけました」とコメントされていたけど、ブラボー!!その通りすぎる。

 

テニスを卒業して、仁愛さんが最初に立った舞台作品がこの「プラネタリウムのふたご」で本当によかったと思います。CUBEと仁愛さんへの解釈が一致しすぎていて怖いです。私がマネジメントしてもいいよ、と言われても絶対にそうする!!といった配役ばかり持ってきます。推しの事務所の意向と自分の希望がぴったり合っているというのはなんて幸せなことなんでしょう。CUBEに菓子折りを送ろうかな。

 

▼ざっくりと物語の紹介と感想を書くよ ※ネタバレあり

ふたごの「テンペル」と「タットル」は、赤ん坊のころプラネタリウムで泣き出したところを発見され、そのプラネタリウムの解説員をしている、佐藤アツヒロさん演じる「泣き男」に育てられます。

 

このふたごがまーーーーーーかわいい。愛くるしい。こんなにかわいい子どもらはそうそういないよ、ってくらいにいとおしい。(実際演じているのは20歳と27歳なのですが)(崇人くんの年齢いつ見ても嘘すぎる)流れ星のようにぱっと現れたふたごが本当に奇跡のようにかわいいのです。顔が、とかそういうんじゃなくて、「僕らの名前は、この先僕らの父さんになってくれる、このプラネタリウムの解説員である泣き男がつけてくれた」とお花が咲いたように話し出すふたりが本当に13歳の少年のようにはつらつとしていて、心臓がキューッと音を立てました。。。「ちょうど!」「僕らが!」「泣き出した!」「そのときに!」と交互にしゃべるんですよ。。。なに。。そして「僕は 君は テンペル」「君は 僕は タットル」とふたごの歌を歌い物語が動きだします。一幕では13歳のふたごちゃんたち。瓜二つの格好でくるくる動き回るので、初見はどっちがどっちかわからなくて、本物の双子だ!!となりました。

崇人くんのテンペルもぴっっっ(ここで一度息を止める)たりだし、仁愛くんのタットルもぴっっっ(ここで一度息を止める)たりなんですよね。。。気が強くてやんちゃだけどどこか危うげなテンペルと、優しくて大人しそうだけど芯が強いタットル・・・・私は原作を読みながらこのぴったんこすぎる配役に終始震えていました。

 

養護院の学校に通いながら郵便配達員の仕事とプラネタリウムの投影を手伝い平穏に暮らしていたふたご。そんな生活が、テオ一座と言う手品師たちとの出会いにより一変します。

13歳のかわいいかわいいニコイチふたごは、二幕では18歳になり、テンペルは手品師、タットルは郵便配達の仕事をしながらプラネタリウムの解説員として、それぞれ別の地で暮らしています。二幕からは比較的内容が重たくなって、各々をやさしくない運命が襲っていくので、しんどくなるシーンも多々ありました。

 

プラネタリウムのふたごの好きなところはたくさんあるんですが(音楽とかセリフとか挙げだしたらすべてになる)なんと言っても、童話のようなメルヘンな世界観なのに、魔法はないし人は病むし、どうにもならないことはどうにもならないまま、という残酷さも持ち合わせているところが魅力だなあと思います。でも決してアングラとかそっち方面のダークさではなくて、「優しさ」とか「まごころ」とかあたたかい部分もきちんとある。

 

▼ほんとうであることよりも大切なこと

作中の台詞で「だまされる才覚がないと、この世はかさっかさの、笑いも何もない世界になってしまう」というものがあります。プラふたの世界、本物であるものが少ないです。プラネタリウムの星はもちろん、ふたごの父親である泣き男も、事実として本当の父親ではありません。手品師もまた「ないものをあるように見せる」存在です。作中ふたごが手紙を届ける、春風ひとみさん演じる目の見えない老女からの手紙も、実は遠くにいる旦那ではなく、老女自身が書いたものでした。(春風さんの老女が本当に素敵だった……;;)

 

この作品が伝えようとしていることって、「ほんとうよりも大切なこと」がたくさんあって、それにうまく騙されて生きていく才覚こそが、こころを豊かにしてくれるんだよ。ということのような気がします。(私の解釈ですが……)特にラストシーンで、はっとなりました。

原作よりも「本当の母さん」の存在を、ふたごが探し、求めるシーンが多いな~と思っていたのですが、ラストで泣き男の本当の泣き顔を見たタットルの背中を見て、このとき、タットルが「ほんとうよりも大切なこと」に気づいたような気がして、泣きました。マスクべちゃべちゃになりました。ちょうど上手側から観たとき、タットルの背中越しに泣き男が見えて、「今この瞬間、景色として素晴らしすぎるでしょう…!」となりました。。。。

 

原作にしか登場しませんが、泣き男の「ほんものを見るってのもな、むろん大切なことだよ。でも、それ以上にたいせつなのは、それがほんものの星かどうかより、たったいま誰かが自分のとなりにいて、自分と同じものを見て喜んでいるとこころから信じられることだ」という台詞も大好きなんですが、この台詞にこの物語の本質が集約されている気がします。(しかしあえてこの台詞を使わないんだウォーリーさん…すごいなあ)てか泣き男さん、あーたどんな人生歩んだの…???って感じですよね。パパ……!

 

あと、目の見えない老女とタットルのコンビも好きです。老女は目が見えないので、ずっとタットルが手紙を朗読していたんですね。タットルとしても、それが旦那さんからの手紙ではなく、老女が自分で書いたものだといつしか気がつくのですが、遠くの地で起こった途方もない出来事が記されたその手紙の内容が面白くて、見事”騙されながら”手紙を代読し続けます。

これも原作にしかない台詞なのですが、「たのしかったね。あたしが書いて、あんたが読む。嘘だとかほんとうだとか、そういうのとはちがう。居間ですごす短いあいだ、あたしたちはそんなくだらないことがらの上、はるかに高いところを飛び回ってたんだ」・・・・もうなんてみずみずしい文章なんでしょうか。だんだん小説の感想になってきてしまいましたが、それだけ原作が素晴らしいということなんでしょう。

これはもう事実よりも大切なことがあると知っている者だけにわかる境地ですよ。

最後の歌のときタットルと老女が目を合わせて指切りのポーズをしているのも泣かせにきてましたね~~~~。ふうーーーーーーー・・・・(深いため息)

 

▼プラふたしんどいポイント

そしてなにがしんどいって、、、ふたごが自分を見失いそうになるときに思い出すのがお互いの存在だっていうところ!18歳ふたごが、自分をわからなくなってしまったときに冒頭と同じように「僕は 君は テンペル」「君は 僕は タットル」と確かめ合うように歌います。今度は全然別の衣装を着て。。。最大級に泣かせる演出をするからまたマスクがびちゃびちゃになってしまいます!!!!

私は鉄コン筋クリートのクロとシロやHUNTER×HUNTERのゴンとキルアのような少年バディに大変に弱い性質なため、過呼吸寸前になりながら観劇していました。(ドクターストップが出てもおかしくなかった……)似てるけど似てない二人が、道を違ってもなお精神的には繋がってる、っていいですよね。ぜぇはぁ…。

 

このとき、テンペルは結構抱えてるもののデカさが尋常じゃないんですが。崇人テンペルの表情が本当にすがるような、何日も飲まず食わずで森の中をさまよい歩いた少年がやっと民家の灯りを見つけたときのような泣き出しそうな顔をするので余計にしんどかったです。。。

 

物語の結末としては、決して手放しで喜べるハッピーエンドじゃないのですが、だからこそ心に沁み入るものがあるな、と思いました。本当に、テンペルタットルが背中合わせで望遠鏡を覗き込む姿を星座にしたい。「新しい星座 申請」とかで検索しました。星の名前とかだとつけられるみたいですが、星座となるとなかなか難しいみたいです……。(それはそう)

 

まあ、作中で双子座のα星のカストルがテンペル、β星のポルックスがタットルだと思わせるような描写が出てくるので、今日から双子座を見ては(テンペルとタットルだ……)と思うことにしましょう。

 

 

長々と感想書いてもまだ足りないよね。もっとテオ一座のこととか村の人たちのこととか一角獣のこととか書きたい。公演期間、余韻がすごくて一角獣のしゃべり方とか真似してました。(それはやめな)今になって読書感想文とか書きたいなって思います。そういう作文の文章はまた違うので、評価される内容は書けないと思いますが、とにかくプラふたを観て感じたことを書き記したい。

  

でも配信も円盤化も決まったので超うれしいです。絶対我が子にも与え、孫にも与え、ひ孫にも与える。そうして私の一族に脈々と受け継いでいき、いつかDNAに溶け込ませたいな。(怖~い!)

こんなに内容に触れておいてあれですが、もしこのブログに迷いこみ、ちょっと気になるな……と思った方がいらっしゃいましたら、ぜひこのやさしくあたたかな世界を訪れてみてほしいです! 

 

▼最後に・・・改めて仁愛くんのお芝居を観て感じたこと

改めて思いましたが、仁愛くんはすごく素直なお芝居をするので、魂が綺麗な役が似合います。命を燃やす瞬間が本当に美しい。あ、人間って美しいんだなって何度も思い出させてくれます。優しそうに見えて熱い、とか、柔らかそうに見えて頑固、みたいなイメージにも合います。本人の気質もあるのかもしれない。安田カナさんが「突然目が離せなくなるような空気をブワッと放出する不思議な役者さん」と言ってくれて首もげるくらい頷きました。もうキャッチコピーにしませんか?「突然目が離せなくなるような空気をブワッと放出する不思議な役者・阿久津仁愛」…いい!!どうですかね?CUBEのみなさま!?

 

主演をできるってすごく恵まれていることだと思うけど、主演をできる力というか、パワーを持っているっていうことが、まず最大級の魅力だと思います。舞台の真ん中に立てるということ、すごいことです。ずっとずっと板の真ん中で輝く仁愛さんを観ていたい。そしてそこで生まれる光の粉をずっと浴び続けていたいです。

 

 

仁愛くんのテニス卒業後の次の進路としては映像か、他の2.5作品か、はたまた全然違う系統の舞台作品か…でうんうん苦しんでいたんですが、本当に一番望んでいた形で新しいお芝居を観ることができてよかったです。

 

33年周期で太陽の周りを回っているテンペルタットル彗星が、次に見えるのは2031年。10年後また思い出したいですね。いや、星空を見上げるたびに思い出してしまうんだろうな。。。(ポエミー)

 

 

大好きな推しの立つ場所が大好きな作品の世界で最高に幸せでした!

この物語の観客になることができてよかったです。